スピットの生産

後期型の生産が良く分からないスピットファイアですが、なんとなく分かりかけてきました。
スピットファイアの生産は4社程度で行われており、生産機数ではスーパーマリン社とビッカースアームストロング社がビッグ2となります。この2社ですが、零戦の三菱と中島の関係に近いものがあり、スパーマリン社では新型の開発、生産が主に行われているのに対し、ビッカースアームストロング社は特定の型式を大量生産していたようです。
さてスピットファイアで良く分からなくなるのはMk.IX以降の型式ですが、これを製造社毎にみるとなんとなく分かってきます。
Mk.IXはスーパーマリン社とビッカースアームストロング社で生産されますが、ビッカースアームストロング社では終戦まで生産が続けられたものの、スーパーマリン社ではMk.VII、VIIIに生産が早々と切り替わります。
このあとスーパーマリン社ではMk.XII、XIVと生産が切り替わっていきます。
零戦の場合にみられる三菱で21型、32型、22型、52型と変わっていったのに対し、中島ではその間21型を量産し続けていたことに似た状況です。
ビッカースアームストロング社でMk.IXを作り続けたのは、性能的に通用したという理由も大きなところなのでしょうが、製造の切り替えでの量産落ち込みを避けたかったということもあるのだと思います。というのはMk.IXとMk.VII以降では、機体が別物になっているので生産の切り替えを行うにはかなりの時間と手間がかかったと想像できるからです。またグリフォンの供給問題もあったのかもしれません。
さてこうやって整理すると、水滴風防のことも見えてきます。この導入は、スーパーマリン社が若干早く1944年末におこなわれ、ビッカースアームストロング社では1945年の初めには行われています。
この頃に製造が行われていた型式は、MkIXとMk.XIVなのでこの2つの型式には、ファストバックと水滴風防の両タイプが存在します。Mk.XVIはビッカースアームストロング社だけでの製造ですが、この型式は水滴風防導入時期とほぼ同時に登場していますので、ほとんどが水滴風防となります。
ではMk.21はどうなのかということになるのですが、これはファストバックの時期に量産が始まっていますので、型式が新しくとも水滴風防ではありません。他の型式が水滴風防を導入したのちも、問題を抱え大本格的な大量生産に入れなかったMk.21は、根本的な対策を施したMk.22、24が次に控えていたので水滴風防の導入は待たれたものと思われます。
ということで整理すると結構分かりやすいかたちとなります。

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