P-51の航続距離

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第二次大戦中の単座戦闘機では最大ともいえる大きな航続距離を誇ったP-51ですが、そのために無理もしています。
前にも書きましたが、胴体燃料タンクに燃料が多く残っていると戦闘機動を行えないという、ある意味致命的ともいえるものです。とはいえこれも敵国戦闘機との性能差が十分ある状況だったので、運用でカバーできてしまった欠点でした。
そして次に無理が出るのが、パイロットです。
ヨーロッパで戦ったパイロットの一人は、長距離の飛行はエンジンが二基ついているP-38の方が安心だったと書いています。しかしヨーロッパは、陸地の飛行ですし、ベルリン上空で被弾しても多少飛べば味方のいる場所にたどりつく事ができました。
これに比べて、日本本土への硫黄島からの作戦では、長距離ミッションに起因する事故のため多くの機体、パイロットが失われています。その損失数は、戦果からみれば勝ち戦と言えない程のものでした。
さらに日本本土上空の空戦でも、撃墜数と損失数はそれほど変わりありません。燃料満載で空戦を行ったことが足かせになっていたとしても、圧倒的な数を投入できたことを考えると長距離の進攻が何らかの影響を与えていたのかも知れないと考えてしまいます。
戦争末期、装備も充実した米空軍での第一戦機であるP‐51でさえ苦労しているのですから、当時の単座戦闘機の長距離作戦が如何に大変なことだったか想像できます。となると日本軍は、この面ではかなり頑張っていたことになります。
ところで海外のP-51本では、世界初のロングレンジエスコートを実現させた単座戦闘機と紹介してあることが多いのですが、この称号を冠すべき戦闘機は当然あれですよね。

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この記事へのコメント

2011年08月03日 23:20
もちろん零戦(と隼)です!(^^)
P51がアメ機のくせにヤルなと思うのは、長大な航続力を機体をさほど大型化せずにやっていることです。P40とほとんど同じ機体規模と基本レイアウトなのに、いつの間にか最優秀と冠されるまでになったのが凄いです。たぶん、ノースアメ理何というども、最初から1000km往復を要求されてたら、もっと大きくなっていたんでしょうね。

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