バリクパパンの雷電

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雷電に係わる連合軍側資料として、手元にはTAICのレポートのほかにTAIUと米軍のもの2種類があります。このうちTAIUのものはバリクパパンの調査レポートで、日本軍が引き揚げたあとの飛行場周辺を調査した結果の報告です。
ここに雷電が製造番号の分かるもので3機出てきます。三菱3005、3026、3036号機がその3機で、添付写真は三菱3036号機です。これは381空所属の雷電で間違いないと思いますが、注目すべき点は615という番号です。3005号機も下二桁が不明ですが、600番台の番号を付けています。
通常であれば戦闘機は100番台でなぜ600番台なのか分かりませんが、異例であることは間違いありません。
外地に行った雷電で、小規模とはいえ組織的に運用されたのはこの部隊だけですので、模型の塗装としては面白いと思います。
ちなみにこのレポートには、廃機集積場の五二型の報告もあり、そこには製造時期が18年11月となる五二型4機が含まれています。となると、これらの機体は有名写真が残されている、81-161等が含まれた381空の第一陣と考えて良さそうです。これって自分にとっては、興味深いところです。
TAIUのレポートは、オーストラリアNAAのサイトでいくつか閲覧できます。このレポートもそこからダウンロードしたものです。

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この記事へのコメント

ふG
2011年06月12日 22:40
これまた珍しい!21型ですか?
KenG
2011年06月12日 23:50
二一型ですが19年4月前後に生産されたもので、雷電改と記入されていたかも知れない時期です。フィリピンで確認されているのが、3008、3013ですから、381空には極初期の機体が送られていたことになります。
ところで敷島隊の02-888と記入された零戦21型は381空で練習機として使われていたという解説がありますが、この雷電の番号をみるとどうも違う様な気がします。ラバウルの204空が整備分隊毎に機番前半を変えたのと同様に、381空では下3桁の最初を変えたのかもしれないと想像しています。
だご猫
2011年06月14日 13:07
こんにちは。
バリクに配備されたS602の雷電について検索していて、たまたまこちらの記事にたどり着き、お邪魔しております。
TAICレポートの翻訳など、大変興味深く拝見させていただきました。
ありがとうございました。
KenG
2011年06月14日 22:56
だご猫さん
こんなところで細々と書いていたりします(^^;
このTAIUのレポート、本当に興味深い内容ですよ。多分、これ以外にS602の雷電の写真はでてこないのではないかと思います。
S-Wing
2012年04月06日 07:04
雷電に関する情報、大変興味深く拝見させていただきました。実は・・・。私の父は雷電の整備兵でしたので、今、父の本を執筆中です。終戦時は381航空隊602飛行隊に所属していたことが判明しているので、写真の雷電は父が整備を担当していた機体だと思います。TAIUのレポート、是非、参考にしたいと思っています。
 小生は、高齢者ですので、コンピューターの操作に弱いので、どなたか、このレポートに辿り着くまでのURLをご教示いただけませんでしょうか?

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